2004年9月20日月曜日

大休峠避難小屋で〈Peak.18〉



 山の雨は、パチン…パチン…と雨粒が葉に当たる音から始まる。その音は季節によって微妙に違う。新緑の頃は若葉に吸い込まれるような柔らかい音。夏場は雨粒をはね返すような張りのある音。秋は葉っぱがヒラリと身をかわすのだろうか、擦れたような音がする。
 大休峠の避難小屋まで“あと500m”の道標脇で一息ついた。大山滝吊橋手前が工事中で通れないため、香取から上ってきていた。

 今回のテーマは琴浦町誕生記念登山。大休峠の避難小屋に一泊して、早朝から旧東伯町の矢筈ヶ山(1359m)へ登り、旧赤碕町の甲ヶ山(1338m)、勝田ヶ山(1149m)へ縦走して夕方に船上山に下りる計画をたてた。海側から旧国道、そして国道9号線と旧東伯町と旧赤碕町をつなぐ道はいくつかあるが、その最南のルートを踏破して、琴浦町の誕生を祝おうという魂胆である。
 道標脇での一息がついつい二息になった。仲間うちだけの登山は、いつも休憩が長くなってしまう。9月とはいえ、山の日暮れは早い。4時には小屋に着いて、水汲みや晩飯の支度をしなければならなかった。
 「さて」と腰を上げかけた時である。
 バサッ!バサッ!
 ブナの葉っぱが破れそうな音がして、大粒の雨が落ちてきた。秋の雨は擦れたような音のはずだったのに、風情のないやつである。
 とりあえず大木の下で雨宿りをきめこんだ。しかし大木の下と言っても、葉っぱの貯水が飽和状態になれば、その水を地面に落とすのは必然である。天から降ってくるのと同じ分量が葉っぱから落ちてくるのに、さほど時間はかからなかった。
◇     ◇
 今回はレギュラー隊員の他に、準隊員の浜本隊員も参加した。谷口隊員が仕事の都合で、翌日の早朝に合流することになっており、小屋泊は4人である。
 その小屋の中には、運動会の万国旗のようにシャツやタオル、靴下ほかその他大勢が並ぶことになった。
 ブナの大木と決別し、石畳の上を走るように歩くこと10分。全員頭からびしょ濡れになって小屋にたどりついたのだ。濡れたのは体だけではない、ザックの中の荷物も被害者だった。
 小屋の周辺のブナが数本倒れていた。台風18号の置き土産である。大きな図体をしているくせに根が案外短くて少ないブナは、台風の犠牲者になりやすい。特にこの時期は葉が充実しているので、風の影響をもろに受けることになる。


▲台風で大きなブナが倒され、石畳を引き剥がしていた

 このあたりのブナは、立ち枯れ気味のものが相当数あり、それらは特に折れやすい。自然淘汰の一環と見る向きもあるが、酸性雨などなんらかの環境異変要素が影響していることも考えられる。でも、倒れた木の周辺には、ブナの幼木が確実に育っている。
 「長い間ごくろうさん」とねぎらってやるのが、倒木への正しい接し方なのかもしれない。
 天気が悪いと小屋の中が一層暗く感じられる。万国旗が垂れ下がっているからなおさらである。カンテラを灯して晩飯の支度にとりかかった。
◇     ◇
 翌朝。まだ外が暗いうちから、浜本隊員はカンテラに靴下をかざしていた。丸太製の小屋の中は外の湿気とほとんど同レベル。万国旗はほんの気持ちほどしか乾いていなかったのだ。
 「えーがな、濡れたのを履いたら。履いとったら乾くわい」とたしなめても、「靴下だけはいけません」と取り合わない。
 濡れた靴下に相当強烈な思い出でもあるのだろうな、と思いながら小屋の外に出てみると、あたりはガスに覆われていた。
 7時前に谷口隊員が到着。すると計ったように雨が降り始めた。
 「遅刻しちゃいけない」と、休憩を一度しかせずに早足で登ってきたと言う。やはりこういう真面目な考え方には、雨も遠慮してくれるのだろう。たいして辛くもないのに何度も休んだりするから土砂降りに遭うのだ。
 しかし困った。雨が降ってしまうと、小屋−矢筈ヶ山−甲ヶ山−勝田ヶ山−船上山ルートは断念せざるを得ない。
 予定通りの行程だと「ものすごくつらい」のはわかっているから、内心、「少しだけ嬉しい」部分があるのだけれど、せっかく都合をつけて隊員全員が集まって、本格的に「ヒィーヒィー」言えそうな企画だったのに…。濡れたままの万国旗をザックにしまいながら、「ヒィーヒィー」とは縁遠い “大山道の続編番組”へと日和っていった。


▲四百年前に敷かれたという石畳は、今でも現役。おかげで、ぬかるむ道に難儀することもなし。その仕事の立派さに脱帽

◇     ◇
 浜本隊員の靴下はなかなか乾かないようだった。それとは何の関係もないけれど、小屋の脇に倒れたブナの根元からは、年代もののゴミが忽然と姿を現していた。
 特にビール缶が多い。そのデザインを見ると二十数年前のものに違いなかった。
 スーパードライに主役の座を奪われる前のキリンラガーが泥にまみれながらも存在感を誇示していた。アサヒは文字通り朝日のデザイン。サントリーのペンギンズバーが懐かしさをかきたてた。
 これは、後から聞いた話だけれど、倒れたブナの根元には、昔はゴミ捨て用の穴があったという。今ほどゴミや環境にうるさくない、ある面ルーズな時代の名残とも言える。
 とはいえ、空き缶やビニールが自然に帰るはずもない。ルーズな時代を肯定することもできない。山に持ってきたものは、たとえおにぎりの食べ残しや果物の皮一枚でも、持ち帰るのが大原則である。
 原則を真面目に守ってこそ、美しい環境が守られていく。真面目に生きれば土砂降りにも遭わない。靴下も乾かさなくてすむのだ。