2004年6月15日火曜日

花と緑と雪渓と・・・〈Peak.15〉



 6月5日、朝8時。江府町鍵掛峠の少し下手にある県民の森入り口。快晴。この日は、鳥越峠を経由して地獄谷に下り、加勢蛇川最上流の魚断(うおどめ)の滝へと向かう。
 6月になってもなお深く残る雪渓と鮮やかな緑、そして下界では見ることのできない植物を通して、ふるさとの自然の素晴らしさを再認識してもらおうという企画である。
 朝倉シェルパ隊長が欠席した。理由はなんと新婚旅行。三脚を担いで、我々と一緒に山を歩くよりも、きれいな彼女と二人だけでスペインの街を歩きたいと言う。
 「仕事の都合で」なんて理由は認めないけど、こーゆーのはいい。スペインの街といわずシベリアでもアフリカでも、地の果てまで二人で歩いていきなさい。
 なんだか牧師調になってしまったが、ならば、ということで本隊最年少の浜本隊員が、シェルパ隊長に代わって三脚を担ぐことになった。
 この日は土曜日。森の入り口でぐずぐずとザックにテープやバッテリーなどの機材を詰め込んだり、番組のイントロ部分を撮影したりしているうちに、10人ほどの登山客がさっさと森の中へ消えていった。
◇     ◇
 大休峠周辺や地獄谷を中心とする東大山は、大山の夏山登山道のようにメジャーではないが、自然のレベルは圧倒的に高く、そして濃い。特に週末は四季を通じて訪れる県外のリピーターで賑わう。
 ん!?県外?
 そう県外なのである。地元の人は少ない。近いからお金をほとんど使わないで、素晴らしい宝物を手にいれることができるのに、手を出すのは県外の人が圧倒的に多いのだ。
 「鳥取はいけんわい。人口が日本一少ないから、なーんにも遊ぶところがないし、賃金が低いから遊ぶ金もない」と嘆く声をよく耳にするが、そんな人は、身近にある素晴らしい自然に価値を見出せない、己の心の貧しさを恥じた方がいい。
 歩き始めるとすぐ、白い小さな花が目に入った。今回は、花と名がつけば、とりあえず何でも撮影しようと決めていた。
 道ばたの雑草でも名前がわかると妙に愛着がわく。大山の花の図鑑を調べると、その花は『ホウチャクソウ』と出ていた。お堂の四方にあるホウチャク(大型の風鈴)に似ていることから名づけられたという。
 すぐ近くで、ユキザサとマムシグサも撮影した。ユキザサは白い花の集まりが雪に、葉が笹に見立てられている。マムシグサは茎の模様が蛇のマムシに似ているからだという。
◇      ◇
 植物の名前探しは、以前は図鑑の独壇場だったが、最近ではインターネットで検索したほうが早い場合が多い。図鑑は名前がわからないと手間取るが、インターネットだと写真さえあればなんとかなる。
 デジタルカメラかケータイでパチリとやっておいて、あとは家でゆっくりと、昼間の山歩きを思い出しながら調べるのも楽しい。
 鳥越峠の手前でシオデの花を見つけた。シオデはこの辺ではあまり馴染みがないが、東北方面では<strong>“山菜の女王”</strong>と呼ばれるメジャーな山菜のようだ。
 「女王はええけど、どのへんが女なんだろうな。王様と女王はどこで区別するんだろう」
 疑問に思いながらもインターネットで調べると『グリーンアスパラにそっくりの味』とある。
 えーかげんにせーよ。
 山菜の女王と称えながら、栽培種のアスパラにそっくりなんて、あまりにシオデが気の毒じゃないか!
 「他人家(ひとげ)のホームページを見て怒るないや」とたしなめられそうだが、自然観が貧しすぎる。石や土・草で守られ、時には崩れる昔ながらの小川よりも、U字溝やコンクリート三面張りの水路をありがたがるのと同じ発想だ。
◇      ◇
 ヒィーヒィー言いながら鳥越峠を越え、江府町から東伯町へ入った。TCBのある逢束から見れば、大山と烏ヶ山の間の一番低い場所を、向こう(南)側からこちら(北)側へ越えてくる格好になる。


▲先頭は決まって隊長の指定席。隊員を引き連れ、あえてイバラの道を行く

 地獄谷までは1時間足らずの道のり。大きなブナの木が目立ち始め、木立の間を涼やかな緑色の風が走り抜けていく。
 「トッキョキョカキョク(特許許可局)」とホトトギスがさえずる。「テッペンカケタカ」と聞こえる人もいるようだ。こうして、鳥の鳴き声を何かの言葉にあてはめることを『聞きなし』と言う、と野鳥に詳しい谷口隊員が教えてくれた。ウグイスの「ホーホケキョ」もこれに当たる。
 矢車草の大きな葉っぱが目立ち始め、駒鳥山小屋が見えた。
 東伯町を貫流する加勢蛇川。一向平から上流を地獄谷と呼ぶが、大山滝上手の大休口をその北口とするなら、駒鳥山小屋は南口である。


▲地獄谷上流部にある「駒鳥山小屋」。無人の避難小屋で、宿泊できるが、内部は暗くできれば泊まりたくない。1950年に建てられた。

 大山東壁の稜線がすぐそこにある。テレビカメラをズームインすると、縦走中の登山者の姿が見えた。足下にはダイセンクワガタ。スミレに似た大山特有の高山植物で、細いガクで実の包まれた様子が、兜の鍬形に似ていることから名づけられたという。
 川原を30分ほど歩くと、泥だらけの雪に守られるように魚断の滝が姿を現した。同時に中空になった雪渓が我々の行く手を阻んだ。ここまでだ??。
 崖に広がる山アジサイが、水色に開く日を心待ちにしていた。矢車草の白い穂花も出番を待っている。快晴の峡谷を見上げれば、ブルーバックに鮮やかな緑のコントラスト。
 谷にせり出した高い木の上で、オオルリが「ピピーリリ」と鳴いた。