2004年8月20日金曜日

大山道は今・・・〈Peak.17〉



 大山は平安時代から山岳仏教の聖地としてあがめられてきた。遠く厳しい道のりを苦にもせず、聖地・大山に集う信者や廻国行者。博労座では牛馬の市も開かれ、たくさんの参拝者でにぎわった。
 そんな人たちが、そして牛や馬が歩いて通ったのが大山道(だいせんみち)である。繰り返すが、すべて徒歩である。なんてことはない。ほんの50年ほど前のことなのだ。
 その大山道には5つのルートがあった。それぞれ沿道の主な地名の冠がついている。
 坊領道は、博労座下の分れ地蔵から坊領を通って阿弥陀川沿いに海岸部まで。
 尾高道は米子から大山に上がる県道24号線。車道の脇には慶長年間に植えられたクロマツ並木と一丁地蔵が並んでいる。
 大山環状道路に並行する形で横手道。
 溝口道は枡水を経て金屋谷から出雲街道の宿場・溝口へ。
 川床を経て羽田井(中山方面)と船上山(赤碕方面)、そして大休峠を越えて一向平。この三通りの道を総称して川床道と呼ぶ。一向平からは地蔵峠を経て、さらに関金へと延びている。
◇      ◇
 以前、この欄に「本隊の最少催行人員は3人である」と書いたことがあった。旅行社がツアーを組むのに、「最低この人数が集まらんと、赤字になっちゃうから旅行は取りやめよ」というのが最少催行人員である。わが登山隊の場合、別に儲けようとは思っていないが、“登山隊”とうたっている以上は、最低2人は画面に映らなければ格好がつかない。当然カメラマンも必要だから、合わせて3人、というわけである。
 今回は昨年11月以来の3人だった。僕の他には田村隊員と谷口隊員だけ。まぁ仕方ない。画面は寂しいけど、フットワークが軽くなると思えばそれもまたよし。
 というわけで、川床道の一向平ルートを歩いた。大山道の中で、一番原形をとどめているルートでもある。
 県道倉吉江府溝口線と県道東伯野添線の合流点、と言ってもわかりにくいなぁ。関金から上がってくる道に、野井倉から上がる道がぶつかる場所、が出発点になった。そこから、旧東伯町の川床道がスタートしているからである。
 とは言っても一向平までの道は、県道東伯野添線などによってずたずたに寸断されている。でも、川床道=中国自然歩道だから、立派な道標はちゃんと設置されている。
 このあたりの山のことなら何でも知っておられる野井倉の松本薫さんに道案内をお願いした。道が荒れ放題で、どこにどう道がつけられているのかわからない恐れがあったのだ。


▲大山道の地蔵峠を越える。矢筈ヶ山や甲ヶ山が正面に見えた。

 足もとを見ると、地蔵峠に向かってコンクリートの杭で階段が整備されているのが確認できるが、なんせ草が背丈ほどもある。カヤが多く、半袖で来たことを後悔した。
◇     ◇
 急な上りを5分ほど、横手道をものの2分。
 急に眺望が開けた。なんともあっさり地蔵峠についたのだ。低い木立の隙間から伸び上がるように大矢筈と小矢筈。その北側に甲ヶ山と勝田ヶ山が連なっている。
 地蔵峠と言えば、今では県道脇のやぐらに似た展望台がそのシンボルになっているが、正統派というか元祖・地蔵峠はまぎれもなくこの場所である。
 峠の名称の由来になった地蔵と、道標の役割を持つ一丁地蔵。2体の地蔵様が、きれいに草が刈られた台地に鎮座していた。松本さんによれば、往来華やかりし頃は、この場所に茶屋があったという。
 それにしても、県道東伯野添線ができる昭和50年代半ばまでこの道は現役だったのだ。とは言っても関金との実際の行き来は、この川床道ではなく自動車で里を経由していたのは明らかだが、それにしても、わずか二十数年前である。
 峠の地蔵様は万延元年作と彫られていた。西暦1860年。一丁地蔵もその頃作られたものに違いない。


▲この道の盛衰を見続けてきた地蔵峠の一丁地蔵

 江戸末期からずっとこの場所で、当たり前だが身じろぎもせず、夏の日差しに焼け、氷雪に埋もれ、この道の盛衰を見続けてきたのだ。
 「地蔵様が『達者でな』と励ましてくれているような気がする。道しるべはこうでなくては…」と谷口隊員。
 一丁地蔵には漢字の“標”より平仮名の“しるべ”がよく似合う。
◇      ◇
 峠を越えた道は、一向平進入路の200mほど上手に下りてきていた。もちろん県道に寸断されている。
 「このあたりは採草地で、野井倉からの道と中津原からの道がここで交わっとったです。毎年春になると山を焼いたもんですわい」と松本さん。
 今は杉が植林され、当時の面影はまったく残っていないが、暮らしの中で実際に川床道を歩いていた松本さんの言葉は心に染みた。
 歩く??。
 歩けば雲、草、花、虫、樹、すべてのものが歩くのと同じ速さで動いていく。
 地蔵峠から一向平まで、車で走れば10分足らず。歩けばたぶん1時間近くかかるだろう。
 でも車の6倍の時間をかければ、6倍たくさんのものを見ることができる。大山道を通ったいにしえの人たちの思いにも触れることができるかもしれない。
 せっかく身近にある大山道、あなたも歩いてみませんか?