2003年10月20日月曜日

ふるさとの川で〈Peak.7〉



 「今度は加勢蛇川を下る」なんて言わなきゃよかったなぁ・・・なんて思いながら、法万橋の上から川原を眺めた。
 一面にはびこるクズと葦、そしてトゲのあるカナムグリ。柳などの小木もたくさん生えている。主役であるはずの流れは、細い筋となって葦の間に見え隠れするだけ。木曾が"山の中"なら、さしずめ加勢蛇川は"草の中"である。


▲川原などの荒地に育つカナムグラ

 草の中にはタヌキがいる。イタチがいる。ヌートリアがいる。そして、もちろんマムシもいる。痛〜いトゲもある。旺盛な好奇心(怖いもの知らずともいう)と長靴がなければ今の加勢蛇川は歩けない。
 井滝の大山滝橋の下にテントを張った。今の加勢蛇川で、車で川原に下りることができて、なおかつ、流れのそばにテントを張れる場所は限られている。というよりも大山滝橋下しかない。流れまで道の草がきれいに刈られており、牛が川で水を飲んでいた40年前の加勢蛇を彷彿させる場所でもある。
 ◇       ◇
 清流先進地、高知・四万十川の川原は丸い石であふれていた。身を削って砂を作り出してきた丸い石は、清流の象徴でもある。
 加勢蛇の川原には大きな石がない。大水でごろごろ流れて、大事な大事なえん堤が壊れると困るから、工事の時に撤去してしまってあるのだ。ごろごろ転がらないから、小さな石ができないし、砂もできない。水も浄化されない。ないない尽くしの悪循環である。
 循環と言えば、今回の番組では芋車が活躍した。本来は家の前の川で使うものだが、加勢蛇の本流で回した。芋車の中身はもちろんサトイモ。晩メシを兼ねた芋煮会の主役である。流れが速ければ30分ほどで擦り上がるようだが、本流では回転が遅く2時間もかかった。


▲夕食は川原で芋煮。イモ車でサトイモの皮をむいた。川にイモ車が回る風景はいいもんだ。

 芋煮会はこの辺ではあまり馴染みがない。でも東北地方ではメジャーな秋の行事である。新サトイモが獲れるころになると、川原で火をおこす煙が幾筋もあがる。
 川原が会場になるのは、日頃から川に親しんでいるから。芋煮会には、豊作への感謝と同時に、川を大切にしながら川を楽しもう、というメッセージが込められている。
◇       ◇
 秋の陽はつるべ落とし。ましてや下三本杉、山が近い。撮影を一通り終えて、芋煮の準備に取りかかった頃には、あたりはすっかり暗くなっていた。味つけはインターネットで仕入れた本場・山形風に。簡単に言うと、サトイモの入ったちょっと薄味のスキヤキ、といったところか。
 昼間は晴れていたのであまり感じなかったが、闇があたりを支配するようになると、橋の下特有の"悲哀"がテントの周りを包んだ。
 寝ている間に川が増水して、そのまま死んだら、労災になるのかなぁ。それより、俺は天国に行けるのかなぁ??な〜んてことがぼんやり頭に浮かんでは消えていく。橋の下は人の心にぽっかり穴を開けるのだ。
 芋煮が大方出来上がるころになって、浜本隊員がガソリンランタンを持ってやってきた。浜本隊員は今回も、「仕事が忙しくて…」などと見え透いた言い訳をして、昼間の撮影には加わっていなかった。だが隊長の温情で、芋煮を食べるシーンだけ出演することになっていた。同時に、明るいうちにランタンを持ってきておくことを申し渡してあった。
 田村隊員が調理を担当するため、芋煮会のシーンは朝倉シェルパ隊長がカメラを回す。
 「まだ、食べれないんですかねぇ」
 ランタンをセットしながら、浜本隊員が誰にともなく聞いた。
 とたんに、あたりに緊張が走った。プチッ!と何かが切れる音も聞こえた。もう、悲哀などと言っている場合ではない。
 「お前が、もっと早くランタンを持って来んから、暗くて調理が進まんけ、こんなに遅くなったんじゃ。ボケ!」と言う隊員は一人もいなかったが、田村隊員が密かに闘志を燃やしていた。そのただならぬ気配を察したのだろう。普段はヌボーッとしているシェルパ隊長も早々とカメラのスイッチを押していた。
 「浜ちゃん。はい、できたよ」
 つとめて冷静を装いながら、田村隊員がお椀いっぱいに芋煮をよそって、浜本隊員に手渡した。
 「あっつー!」
 器を持つのさえ熱いのに、すぐ口に入れられるわけがない。
 「浜ちゃん、ほらすぐ食べんと。カメラ回っとるだーで。何年テレビの仕事をしとるだいや。肉は食べんでえーよ。芋食べんと、芋を・・・」
 「熱!あ〜っ・・・」
 橋の上は満天の星空。歓び(ではないだろうなぁ)とも悲鳴ともとれる叫び声は、場の空気を読むことの大切さを、隊員たちの心にしっかりと植え付けたのであった。
◇       ◇
 朝が近くなるにつれて、矢筈ヶ山の方から吹いてくる風が力を増した。寝室と玄関だけのロッジ型テントは、か細い柱をきしませて、健気に立っていた。いつも通り、寝室には隊長と隊員。玄関の広い土間ではシェルパ隊長が寝袋にくるまっている。
 朝5時。事件は起こった。
 寝室の中の風音が急に迫力を増したので、急いで外へでてみると、なんとびっくり。寝室の内壁だけを残して、屋根がそっくり10mほど先に飛ばされているではないか。
 この非常事態に田村隊員と谷口隊員も起き出してきた。二人とも呆然として被災した自宅を見つめている。
 「これは、ヒィーヒィー隊の将来を暗示しているのかなぁ」
 口をついて出る言葉がつい気弱いものになってしまう。
 風がどんどん冷たくなっていく。
 体もどんどん冷えていく。
 「俺は、天国に行けるのかなぁ・・・」
 橋の下にまた"悲哀"が漂ってきた。
 「うーん・・・」
 「ん?」
 玄関だった場所で、中身入りの寝袋がゴロリと動いた。

■加勢蛇川メモ
 大山の東壁に源を発する加勢蛇川は、北東に流路を求めて日本海に注ぐ。上流には名瀑大山滝、さらに上流部が地獄谷。加勢蛇川は河口までおよそ24km。その間、数えきれないほどのえん堤がある。ほぼ100mおき。加勢蛇の由来は、須佐之男命(スサノオノミコト)に退治されたヤマタノオロチの妻蛇が、友達の加勢を伴って、上伊勢の川に敵討ちにやってきたことから、天照大神(アマテラスオオミカミ)が命名したと伝えられる。天照大神は須佐之男命の兄。