2003年5月20日火曜日

バードウオッチング登山記〈Peak.2〉



 「ピーヒィーリリ、ピピーピィーリ」
これはバードウオッチャーの“幸せの青い鳥”オオルリのさえずりである。
 「ヒィーヒィー、ヒィーヒィーヒィー」
これは鳥ではない。四十路を越えた男達の“山登りの詩(うた)”である。
 というわけで今回は1泊2日のバードウオッチング登山記。参加したのはこのページに紹介してある5人のメンバー、と言いたいところだが、浜本隊員が欠けた。仕事が入っていてどうしても抜けられないと言う。
 「1日だけ日程をずらしましょうよ。そうすれば参加できますから」と訴えていた浜本隊員だったが、ずらせば朝倉シェルパ隊長が参加できなくなる事情があった。ヒラ隊員をとるか、シェルパ隊長をとるかと言われれば迷うわけがない。文句ひとつ言わずに三脚を担ぎ続けるシェルパ隊長はヒラ隊員より、はるかにエライのだ。
 山行の前日に浜本隊員から1枚のFAXが入った。
 ? きのう、田んぼに行ってアマガエルを100匹殺しました。雨が降ることを願っています。?
 なんちゅう隊員だろう。仕方がないから2日目に冷えたビールを持って合流することを許可した。
 そして当日。浜本隊員を除く4人が一向平に集まった。当然のことながら快晴である。いつの世も天気は正義に味方するのだ。
 それにしても荷物が多い。リベロ(三菱のバン)の荷台をぎっしり埋めている。4人の荷物がバランスよく配分できるよう、撮影機材や食料(アルコール含む)は荷造りせずに持ってきた。
 「なんでこんなに買ってくるんですかぁ」 
 隊長自らが食料の買出しに出向いたというのに、谷口隊員が露骨に不満を口にした。部下にひもじい思いをさせまいという隊長の配慮がわからないのだろうか。本来ならそんな隊員は即刻除名すべきなのだが、自分の担ぐ荷物が重くなるのでじっと我慢した。
 なんとか荷物をザックに押し込んで午後1時過ぎに出発した。1人当たり約15キロ。ずっしりと肩に食い込む重さである。この日のルートは、一向平から大山滝、大休口、三本杉分かれを通って大休峠まで。昔は大山寺や博労座へ通う人や牛馬が行き来したという大山道を歩くことになる。行程はおよそ5キロ。深山ならではの美しい野鳥を撮影しながら大山道を進み、大休峠の避難小屋に泊まる計画だ。
◇     ◇
 新緑が何種類もの色を携えて目に飛び込んでくる。薫風は爽やかそのもの。つづら折れの厳しい登りも、野鳥の美しいさえずりが苦しさをどこかへ追いやってくれる。「ピーヒィーリリ」これはオオルリ。「ケッ、ケッ」はアカゲラだ。
 「ヒィー、ヒィー」
 ん?これは何の鳥?と一瞬考えたが、じきに想像がついた。
 案の定、後ろを振り返ると、撮影担当の田村隊員があえいでいる。せっかく5月の山にどっぷり浸っていたのに、無粋な奴だ。先月の地獄谷行の時も一番ヒィーヒィー言ったのに、また今回もか。
 「撮影しながら、この登りはムチャクチャきついですよー」ほざけ、ほざけー。朝倉シェルパ隊長は撮影のたびに三脚を持って、急な坂を走ってき来しているのに、正隊員がそんな有様でどうする。
 そういえば田村隊員はこの山行のために、背中が汗でびっしょりにならない最新型のザックを仕入れ、シュラフも「羽毛のを買っちゃいました。2万円もしたんですよー」と、1週間も前から会社に持ち込んで自慢していたが、結局はこのていたらくだ。体力のないカメラマンはシェルパ隊員に格下げした方がいいのかもなぁ。
◇     ◇
 行程の3分の2を過ぎたあたりから、雪渓が目立ち始めた。空気がひんやりして、火照った体に心地よい。肝心な鳥の映像も、コゲラとアカゲラ、2羽のキツツキ類を撮影できた。後は、避難小屋に向かうだけである。
 小屋には5時に到着。陽が落ちないうちに晩飯の支度をしなければならない。シェルパ隊長は近くの水場に水汲みに、隊員達はたき火用のたきぎ拾いと、まるで昔話の桃太郎の世界だ。
 メニューは、レトルトのカレーとライス、フリーズドライの豚汁、登山道の脇で調達した山菜の女王・コシアブラの天ぷら、ベーコンとキノコの炒め物、の4品である。それに、バーボンとワイン、つまみの乾き物が加わり、とても山小屋の飯とは思えない豪勢な内容だ。
 言い忘れたが、キノコももちろん現地調達品。季節はずれのナラタケは大山滝の先に、ヒラタケは小屋のすぐそばに生えていた。日頃の行いの良さの賜物である。
 大休峠の良いところは、水場がすぐ近く(小屋から200mもない)にあること。なくなればすぐ汲みにいけばよい。シェルパ隊長は、マラソンランナーらしく、走って何度も往復した。でも、いつも持って帰ってくるのは水だけ。「桃を持って帰らなきゃ桃太郎にならないだろう」とは思ったが、中から子どもが出てきても困るし、あえて指摘しなかった。


 たき火を囲んでの宴は9時でお開き。大人の男らしく、騒がず、はしゃがず、自然界の神秘などを話題にしながら深山の暗黒に溶け込んでいった。(ホントは小屋の宿泊客が他にもあったため騒げなかったのだ)
 夜中寒くて目が覚め、用足しに出たついでに温度計を見たらなんと3度。ついでに空を見上げたら無数の星が、夜空一面にまたたいていた。
◇     ◇
 翌朝は小屋との標高差約250mの矢筈ヶ山(1,359m)へ。6時に出発して鳥を探しながらヒィーヒィー登って、8時前には山頂に着いた。日本海方面は少しガスがかかっていたが、大山と烏ヶ山は青空を背景にクリアなパノラマが広がっていた。1時間ほど山頂に滞在して下山。下りる途中、枯れかかったブナの梢にいたクロジ(ホオジロ類)を撮影した。
 文字通り“朝飯前の一仕事”を終えて、10時に遅い朝食。昨夜とはうって変わって、ごはんとスープ、海苔とベーコンの余りだけの質素なものだ。計画性がないと言われればそれまでだが、昼には浜本隊員がビールを持って来ることになっている。だから朝食はこれでいいのだ。なんだかバカボンのパパ調になってしまったが、これでいいのだ。
 11時に下山開始。オオルリの鳴き声に耳をそばだてながら、何とか姿を見つけようと、ゆっくりと山を下りていく。
 ケイタイの入りが悪いとはいえ浜本隊員と連絡がとれないのが気になる。本当に冷たいビールを持って上がってくるのだろうか。もしかしたら、仕事を理由に、今日も来ないつもりじゃないのだろうか。アマガエルのたたりはないのだろうか??様々な思いが頭の中をよぎった。
 この日は土曜日ということもあって、多くの登山客が山を登ってくる。だが、浜本隊員は一向に姿を見せる気配がない。ケイタイも相変わらずつながらない。
 正午をまわり「もう、たぶん来んなー」という声が出始めた。オオルリも鳴き声こそするが、カメラに収まってくれない。落胆しながら、フリーズドライの昼飯を食おうとしたその時である。
 「たいちょー」
 木立の間から聞いたことのあるような声がした、ような気がした。空耳か?いや、そうじゃない。確かに聞こえた。100mほど下がった場所だ。目をこらすと、息せき切って登山道を早足で上ってくる中年の男。大きな声では言えないが、アマガエルを犠牲にして自らの欲望を達成しようとした、あの浜本隊員である。背中のザックが重そうだ。
 「氷の中にビール入れて持ってきましたー」
 浜本隊員はそう言うと、オオルリのさえずりが聞こえないほどの荒い息づかいとともに、地べたに這いつくばった。
 「ヒィー、ヒィーヒィー、ヒィー、ヒィー、ヒィーヒィー」
 「うるさい!オオルリの鳴き声が聞こえんがなー」