この中年ヒィーヒィー登山隊は、2003年の春に産声をあげた。そして、その記念すべき1回目の活動では、4月になってもなお深い雪渓を残している琴浦町の秘境『地獄谷』を歩いた。
地獄谷とは、大山滝から加勢蛇川源流部の駒鳥小屋下あたりまでの渓谷(約5km)のことを言う。ネーミングの由来は定かではないが、深く狭い谷に重なる岩また岩の荒々しい様子が地獄にたとえられたのかもしれない。
第1回目の活動以来4年と4ヶ月。なんと登山隊としては、一度も本格的にその秘境を歩いていないことに気がついた。聞けば、釣り好きの小前隊員は一度も行ったことがないと言う。
夏の沢のぼりはとても気持ちがいいし、崩落して不通だった大山道(だいせんみち=中国自然歩道)も開通した。「ならば行くしかない」ということで、今回は久々に地獄谷を歩くことにした。
一向平から大山道を40分ほど歩けば大山滝。そしてさらに30分ほど歩けば、大正時代に植えられたという立派なヒノキ林の中に『大休口(おおやすみぐち)』と書かれた看板が現れる。
ここは、大休峠への登り口であると同時に、地獄谷へ下りる分岐点にも当たる。川原へは徒歩10分。久しぶりの秘境にワクワクしながら汗だくになって6号えん堤に下り着いた。
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浜本隊員持参の温度計によれば水温は18度。この時期、加勢蛇川の中・下流では30度近くあって、緑色藻のアンドロ(アオミドロ)が繁殖している。水温差は実に10度以上。手を浸けると、じ〜んと感激するくらい冷たいのだ。もちろん流れの上を吹き抜ける風もひや〜っとして、汗を一気に蒸発させてくれた。さすが秘境である。
そうそう浜本隊員がなぜ温度計を持っているのかといえば、水温によってフライ(釣り)に使う虫の疑似餌が違ってくるからなのだそうな。ま、1匹釣り上げてからじゃないと、どんな“かしこげ”なことを言っても説得力はないから、とりあえず「あ、そう」と軽く受け流しておいた。
というわけで、今年の春に続いて、今回も小前隊員vs浜本隊員=ルアーvsフライの釣り対決が幕を開けることになった。ターゲットは岩魚。これまでの実績からして、戦わずとも結果は見えているような気がしないでもないけど、とりあえず浜本隊員にも名誉挽回のチャンスだけは与えねばならない。水と岩と緑が織り成す渓谷美を撮影しながら、野田滝まで釣り上がる二人の後を追いかけていくことにした。
久しぶりの地獄谷は、相変わらず水はどこまでも透明で、少し深いところはちゃんと水色に染まる元祖清流正統派。20日以上も雨が降らず川底が洗われていないはずなのに、砂も石も白いのが何とも嬉しかった。
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目的地の野田滝までは2kmほどの道のりというか川のり。その途中にある大休滝の姿が、成長した木々に隠れて、ほとんど見えなくなってしまっていた。ま、枝葉が一番繁茂する時期だから仕方ないのかな。
でも野田滝は、さすが地獄谷一の名瀑と称されるだけあって、水量こそ少なめだったものの、相変わらず優雅な姿を見せてくれた。
最上部から流れ落ちた水が岩に当たってはじけ、まるで水のカーテンのように幅を広げて崩れていく。男性的な大山滝とは対照的に、野田滝は女性らしいたおやかさを備えている。
地獄谷の名物?ニホンヒキガエルも、色違いで2匹現われ、僕たちの久しぶりの訪問を歓迎してくれた。
ふいに『ゲコ』と石の間から出てくるのだけれど、保護色というか何というか、隠れていた石と同じ色をしているのだから面白い。
そうそう釣り対決は予想通り小前隊員の完勝だった。釣果は20cm前後の岩魚2匹とささやかだが、なぜか完勝なのだ。
「フライはデリケートな釣りだから」と、竿をビュンビュン振りながら一番先に進んで行った浜本隊員の弁によれば「2、3度バラした」そうだが、釣果ゼロに弁解の余地はない。
ちなみに小前隊員の使用ルアーは、赤色&金色がメインの鰯の形をしたヤツ。やっぱり“ざいご”の岩魚は、いつも食っている地味な虫よりも、けばけばしいド派手女みたいなエサに目がくらんでしまうのかなぁ…。
わかるような気もするけど、なんだかなぁ…。