2004年3月20日土曜日

飯盛を登る〈Peak.12〉



 飯盛山−−東伯町では「いいもりやま」と呼ぶ。他の地方では「めしもりやま」と呼ぶところもある。たぶん全国で一番多い山の名である。つまり山の佐藤さんなのだ。
 ちなみに鈴木さんは何だろう・・・鉢伏山ってのもあちこち多いぞ。ん?烏帽子山が全国にあるって話も聞いたことあるな。それとも愛宕山かな?・・・うーん困った。
 別に困らなくてもよかったけど、地図を見ていたらあることに気がついた。それは、3町には正式な名前のついた山がわずか6つしかないこと。赤碕町に甲ヶ山、勝田ヶ山、船上山。東伯町に烏ヶ山、矢筈ヶ山、そして飯盛山。気の毒だが大栄町にはない。
 ことわっておくが、ここで言う名前とは国土地理院が認めた名前である。
 「うちの裏山にはサルがいて、江戸時代から『猿山』と呼んでいるのに、名前がないとはけしからん!」などという苦情は、TCBではなく国土地理院にしてもらいたい。
 その飯盛山、標高は953m。一般にはあまり馴染みがないが、東の山裾では大山滝が落ちる、由緒正しい山なのだ。
 登山道はない。比較的傾斜の緩い北側斜面をだらだら行くか、東側の急斜面をよじ登るか二つに一つである。
 答えは初めから決まっていた。敢えていばらの道を行く−−のがヒィーヒィー登山隊の隊是である。つまり、急斜面をよじ登るのだ。
◇      ◇
 一向平方面から見た飯盛山は、どう見ても飯盛山に見えない。山頂がまるーい形ではなく、とんがっている。
 飯盛山は茶碗にご飯をきれいに盛った形でなくてはならない。誰が何と言おうと、こんもりとしていなくてはならないのだ。正しい飯盛山の姿を求めて地蔵峠からも眺めてみたが、やはりとんがったままだった。
 まあ、いい。ご飯の盛り方は人によって様々だ。ちょっと乱雑に盛ったら、あんな形にもなるだろう。まあ、こらえたる。なんて思いながら、一向平から歩き始めた。
 西向きの斜面にはかなりの残雪。川向こうの山肌には“幻の滝”が存在を誇示している。夏場以降は水が涸れてしまうから“幻”なのだが、雪解け百人力のこの時期の流れは力強い。
 お不動さんを過ぎ、鮎返りの滝の手前で足が止まった。というか、崖崩れに足を止められた。樹木ごと崩れ落ちた土砂と岩が散策道を塞ぎ、谷底へ滑って川幅を狭めていた。


▲崖崩れの現場。樹木ごと崩れ落ち、谷底まで障害物はない。足を滑らせたら間違いなく、無事ではすまない。

 毎年のことなので、ある程度想像はしていたが、今年の崩れ方はなんともひどい。崩れたら治して、崩れたら治していくのが、自然との正しい付き合い方なのだろうが、さすがに毎年となるとちょっとくたびれる。
 強固なトンネルを設置するか、吊橋への散策道のルートを変えるか、あるいは橋を架け替えるか、抜本的な対策を考える時期にきているのかもしれない。
 崩れた土砂の上を、足場を確保しながら注意深く進んだ。
◇      ◇
 3月半ばの大山滝は、少しだけ春色に染まり始めていた。滝の横をすり抜け、登山道を大休口へ向かって歩くと、谷底からミソサザイの鳴き声が上がってきた。
 不動滝の100mほど手前、岩がゴロゴロしている場所から登り始めた。樹木に遮られて上の方は見えないが、標高差にして250mほど登れば頂上に着くはずである。地蔵峠から見た時、北側斜面にはたくさんの雪が残っていたので、覚悟を決めて登り始めた。
 平均斜度はおよそ40度。何かにつかまらなければ、登ることはおろか、じっとしていることも難しい。
 岩や石はぐらぐらしているものが多く、手掛かり・足掛かりにはできなかった。ゆらりと動けば、ごろんごろんと急斜面を転げ落ちていく。
 「すぐ後ろをついてこられんぞー。いつ石が落ちるかわからんけなー」
 こんな場所は、とにかく先頭を歩くに限る。照葉樹の小さな枝や潅木をつかんでは、ヨイセヨイセと体を持ち上げた。
 イワカガミが群生していた。漢字で書くと岩鏡。丸くて光沢のある葉を鏡に見立てた名前である。登山道脇には控えめに生えているが、少し登って、ふだん人が来ない場所では“じゅうたん”という表現が決して大げさではないほど群れていた。
 花が咲くのは4月の中旬から。カメラと三脚を担いでもう一度来る価値が十分にある場所を見つけた。
◇      ◇
 登るにつれて、谷底から吹き上げる風がどんどん強くなっていった。何とかいう演歌の一節に「♪山が〜鳴く」というくだりがあったが、実際に山の上のほうにいると、鳴きながら揺れているようで少し怖かった。
 覚悟していた雪は東斜面にはなかったが、平均斜度40度で続く250mの標高差は、決して楽なものではなかった。


▲背中にザック、肩にカメラを担いで登る田村カメラマン。
 この日もいちばんヒィーヒィー言っていた。


 ゴォーッと唸り声をあげる風に混じって聞こえるヒィーヒィーという喘ぎ声(発声元はカメラマン)。休憩と撮影と休憩と登攀と休憩を繰り返しながら、 2時間かかってようやく頂上に着いた。
 ん?撮影が1回、登攀が1回、休憩が3回か・・・まぁそんなもんか!?
 標高953mの山頂は森林限界を超えておらず、木々に埋もれていた。北側には一向平が見えるが、枝がじゃまだ。
 開放感がなくては登った意味が半減する。達成感だけでは楽しめない。飯盛山の命名理由もわからない。ないないずくしは面白くない。そういうわけで今回は欲求不満。

 山の佐藤さん
 あなたのごはんは
 冷やご飯

編集部(注):日本の苗字ベスト3は、佐藤さん、鈴木さん、高橋さんです。ちなみに隊長の苗字「前田」は堂々の29位。